図書館司書だった嫁
正月休みにkwsk書いてみた。んで、ちょっとお邪魔させてくれ
198 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] : 投稿日:2012/12/03 00:55:55
図書館で借りた本に栞が挟まってた。
タティングレースで編んだいかにも手作りっぽい可愛いしおりは、
すごく手が込んでる様に見えたから、返却する時に司書さんに頼んだ。
俺より前に借りた何人かのうちの誰かが忘れたものだと思ったので。
「すごくきれいで勿体無いので、できれば返してあげて下さい」
「はい、お預かりします」
自分で頼んでおいてアレだけど、そんなの本来の仕事じゃないだろうに、
いわゆる文学少女がそのまま大人になったみたいなメガネの司書さんは、
愛想良く笑った。きっとこの人に預かってもらえれば持ち主に戻るって、
根拠も無く俺は思った。そういう笑顔だったね。
自分の手を離れて安心してしまい、そんな事すっかり忘れた一ヶ月後の
図書館で、司書さんに話しかけられた。
「あの栞、ちゃんとお返ししておきました」
「あー、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「?」
改めて司書さんにお礼言われたのがいまいち腑に落ちなかったが、
その理由は後で解った。
栞は司書さんが自分で本を借りた時に挟んだままにしてしまったもので、
編み物も得意な本人の手作り。その場でお礼を言いたかったけど、
利用者の情報は秘密厳守なので、ひとまず、預かったということにした
というのが真相だった。あれは素で嬉しかった笑顔だったのね。
てなわけで、その司書さんが嫁です。
そこはタダで静かで空調も快適だったから、当時なんちゃってミステリ
ファンの大学生だった俺は、金が無い時の暇潰しに良く使っていた。
通い始めて三ヶ月くらいの頃だったか、借りた本に栞が挟みっぱなしに
なってるのを見つけた。レース編みの手作りっぽいかわいい栞は、当時
編み物の知識も興味も全く無かった俺ですら解るくらい手が込んでいて、
そのまま放置するにはもったいないクオリティだった。
これはきっと、俺以前に本を借りた誰かが挟んだまま返却してしまった
物だろうと考えた俺は、できればその誰かに返してあげたいんですがと
司書さんにお願いした。その時が彼女との初対面。
愛想よく「お預かりします」と答えた笑顔がいかにも仕事できます的な
余裕たっぷりで頼もしかったから、この人に預ければきっと大丈夫って、
ちゃんと栞は持ち主の手に戻るって、俺は根拠も無くそう思った。
後で聞いてみれば、彼女がその図書館に勤め始めたのは、俺が引越して
くるずっと前だったそうで。だから、当然既に何度か顔も合わせてた筈
なのに、それ以前は存在が全く印象に残ってなかった。
黙ってるとクールな感じだが、話すと実は物腰が柔らかく表情豊かで、
見た目は清潔感のあるメガネの文系タイプっていう、それこそ思い切り
俺の趣味ど真ん中な人だったんだけどね。
行った図書館で彼女に呼び止められた。
「あの栞、ちゃんとお返ししておきました」
「あー、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
見た目クールだけど実は表情豊かな人だって事には、この時気づいた。
ニコニコ笑ったその時の笑顔は、愛想笑いでも一ヶ月前に話した時の
いかにも仕事できるっぽい頼もしい笑顔でもなくて、何というか子供が
誕生日プレゼントの包みを開く時の嬉しそうな顔というか、貧弱な俺の
語彙ではちっとも表現できない、とにかくすごく可愛い笑顔だった。
取り敢えずきっかけなんてそんなもんで充分だった。
ゲンキンなもので、今までその存在に気づいてすらいなかったくせに、
今度は彼女が気になって気になってしょうがなくなった。
たまに暇つぶしじゃなくて、調べものとかマジメな用事があって図書館
に行った帰り道だとかに、ちゃんと目的は果たせているのになんとなく
物足りなさを感じていたり、あるいはガッカリしてる自分に気づいて、
そういえば今日はあの司書さんいなかったなーって思ったりしてね。
目的だった筈の図書館にわざわざ時間を作っては通い詰めて、それで
何ができる様になったかといえば、仕事の邪魔にならない程度の本当に
ささやかな世間話だけ。それも貸し出しや返却のついでにカウンターで
という、彼女にしてみればそもそも誰が相手でもある程度会話せざるを
得ない状況の時のみ。まだちゃんと名前すら聞けてない。
別にそれまで女の子と付き合った経験が無かったって訳じゃない。でも、
彼女相手だと何故かとんでもなく緊張してしまい、会話が続かなかった。
自己嫌悪で凹んだね、激しく。それでも諦めなかったけどさ。
で、諦めなかった甲斐があって、そんな状態からでも更に二ヶ月くらい
経つ頃には、もう少し彼女のことを知ることができていた。
本好きが高じて司書になるくらいの読書家だけど、特にミステリとSFが
好きで、アガサ・クリスティとP.D.ジェイムズのファンだということ。
彼女が本好きになるきっかけは、子供の頃、両親の仕事の関係で海外に
住んでいた時に読んだ『いさましいちびのトースター』という本で、
これはお気に入りだったのに、日本に帰ってくる時に引越しのドサクサ
に紛れて無くしてしまっていて、それを今でも残念に思っていること。
あとついでに、これが一番重要なポイント、どうやら今付き合っている
相手はいないらしいということ。
もしかしたら俺にもチャンスがあるのかも知れないって、そう思った。
距離を縮めて、世間話と雑談の他に、小説家の名言や作品の台詞を引用
して元ネタを当てるささやかなゲームなんかができる様になる頃には、
初めて話してからもう半年以上経っていた。
貸出しを頼めば同じ作家のお勧めについて、返却に行けばちょっとした
感想や印象的な表現について。それから大学で使う資料の相談をすれば、
「何かお役に立てることがありましょうか?フィールディングさん」
「えーっと、それは『女には向かない職業』ですね」
お勧めや感想はともかく、元ネタ当てゲームなんか出し合ったところで、
引き出しの多い彼女と違って俺の正答率なんか二割位で散々だったけど、
そういうちょっとしたやり取りが楽しくて、嬉しかった。
仕事の合間のちょっとしたお喋り程度だったら彼女も楽しそうに見えた。
だから、冷静に、客観的に考えて、取り敢えず嫌われてるって事は無い
のでは?とは思った。鬱陶しがられてもいない筈。
でもその頃に至っても、まだ仕事中以外彼女と会った事もなかったから、
図書館の外に誘える関係になるために、その日はアイテムを用意した。
『いさましいちびのトースター』
オリジナルの原書で初版。きっと彼女が子供の頃読んだのはこれだろう。
ちょっと良い値段したけれど、これをきっかけにもっと仲良くなれれば、
こんなのは安い買い物だ。そう思った。
「たまたま本屋で見つけて、つい買っちゃったんですよ」
とでも言っておけば、クリスマスシーズンだしそんなに引かれるほど
重いプレゼントではない筈だって逃げ道も作った。
我ながらチキンでヘタレだなと今でも思うけど、何故か彼女が相手だと
一歩踏み出すのが怖く怖くて、どうしようも無かった。
楽しみにしてるよ
仲間うちではてきとーに喋れてる話なんだが、
文章となると難しいね。恥ずかしくってさ。
に利用者も少なくて、俺にとっては都合が良かった。
(たまたま見つけたから、つい買っちゃったんです)
(別に深い意味は無いんです)
(確か愛読書だって仰ってたなと思って)
サラッと、あくまでも軽い感じでプレゼントしようと決めて、頭の中で
何度も言葉を反芻してたら、どうやって話しかけるか考えるのを忘れた。
彼女はフロアの奥で書架の整理をしてたから、仕事の手を止めてもらわ
なくちゃいけなかったのに、挨拶くらいしか思いつかなかった。
「こんにちは、今日は寒いですね」
「こんにちは、そろそろ(俺が)来る頃かなと思ってました」
仕事の邪魔をするのが申し訳なくて恐る恐る声をかけたのに、いつもと
変わらず笑ってくれたのが嬉しかった。良く考えたらカウンターの外で
話しかけたこと自体、その日が初めてだったんだよね、確か。
「えーっと、それはコレット。『ジジ』しか知りませんけど」
「はい、正解です」
困らせる様なお願いなんてしたことはなかったから、そもそも彼女の
ネガティブな表情なんか知らないけど、そんなに迷惑そうな感じでも
無かったし、元ネタ当てゲームを振る程度の余裕もあるってことで、
これはチャンスなんだと思った。
「本屋でたまたま見つけて、つい買っちゃったんですよ」
「確か愛読書だって仰ってたなと思って」
「?」
”たまたま見つけてつい買っちゃった”ことを強調するために、敢えて
書店の普通の紙袋で包装してもらったプレゼントの中身を覗き込んで、
みるみるうちに彼女の表情が変わった。
「そう、これですよー、この表紙」「大好きだったんですよねー」
「うん”どこのトースターだって、僕より上手くトーストを作れない”」
「これ、本当にいただいちゃって良いんですか?」
ノスタルジーを刺激されたのか、辛うじて声こそ抑えてたけど、いつも
よりはるかに饒舌な口調になって一人で喋る彼女の様子に、俺の方まで
嬉しくなった。苦労して探した甲斐があったって、そう思った。
「どうぞ、貰っちゃって下さい」
「ありがとうございます」
話は早かったんだが、彼女に対してはそれができないのが当時の俺。
照れ隠しと空気の入れ替えで彼女に話題を切り替えられ、良い雰囲気は
そこで終わってしまった。
「あ、そうだ。連城三紀彦、いかがでした?」
「えっと?」
「『戻り川心中』、今日までですよね」
完全に忘れてた。本当は借りた本の返却に来た事にするつもりだった。
プレゼントの本は、あくまでもそのついでという事にする筈だった。
「それ(プレゼント)に気を取られて忘れました。明日持って来ます」
「はい、お待ちしてます」
プレゼントが効いたのか、彼女はいつもにも増して笑顔だったけど、
俺の方は久しぶりの自己嫌悪だった。家に帰ってうーうー唸るレベル。
それまで返却期限をきちんと守って常に前日迄に返却していたのに、
それが台無しになってしまったと思った。
なにより、わざわざプレゼントを贈るためだけに図書館に行ったのが
ばれてしまっては、意味深になってしまう。
結局、その日は、プレゼントを俺が思ってたよりずっと喜んで貰えたのが
嬉しかったことと自己嫌悪の二つで頭の中が一杯になってしまい、他の
事まで気が回らなかった。
元ネタ当てゲームでのシドニー=ガブリエル・コレットの言葉は、あれが
全文じゃないってこと。その頃の彼女の勤務シフトだと、翌日は休日の筈
だってこと。俺がどんな本を借りていて、返却期限がいつなのか覚えてる
なんて、普通に考えてただ仕事熱心ってだけの話じゃないだろってこと。
そういう色々に気づいてみる余裕なんか、これっぽっちも無かった。
もうちょっとだけ続けさせてください
キュンキュンしながら見てるわw
続きまってまーす。
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